保育士で臨時職員から正社員になった時の出来事

保育士で臨時職員から正社員になった時の出来事

10年勤めた職場を退職するには、覚悟が必要でした

 

子どもが大好きで、子ども達の笑い声が響く場所で、子ども達に囲まれて仕事がしたいと強く思い、保育士の仕事に就きました。実家から近い私立の未満児保育園に就職し、1年間は、臨時職員として働き、2年目から正職員となりました。

 

勤めてから、4年目が経った頃、今の主人と出逢い、結婚しました。結婚しても、仕事は続けたかったので、主人にも結婚する以前から、仕事が好きだから結婚後も仕事を続けることは伝えていました。

 

理解してくれて、家のことはお互い協力し合い、仕事と家事の両立も何とかこなすことが出来ました。結婚してしばらくして、妊娠しました。保育士になるほど子どもが好きで、出来たらすぐにでも子どもがほしかったので、本当に嬉しかったです。

 

平凡で幸せな日々

 

出産して、3ヵ月で仕事復帰しました。田舎の保育園でしたし、一人産休に入るので、出来たら、もう復帰してほしいという依頼がありました。

 

また、私は自分の実家で同居しており、母が家事と孫のお世話をしてくれるので、とても恵まれた環境でした。 仕事に専念できましたし、我が子は格別に可愛くて、もう少し育休を取りたかったのは、本音ですが、支えてくれた家族に感謝しています。

 

我が子が2歳になった頃、家から近い公立保育所に入所し、母も仕事に戻りました。 ただ、母は、パート勤務でしたので、保育所への送迎などは、手伝ってくれました。

 

平凡な日々が突然壊れた

 

あの日は、早番でしたので、まだ息子が寝ている間に、後のことは母に頼んで出勤しました。3月1 1日、私の住んでいる所は、沿岸でした。地震がおさまってから、帰宅しようとしましたが、道路は津波によって寸断され、帰ることが出来ず、主人の職場で合流し、山道を通って、何とか家のあった方へ行きましたが、そこには家はありませんでした。街全体が消滅していたのです。

 

海沿いにあった保育所にいた息子と母、ひいおばあちゃん、父が気がかりで、瓦礫の中を歩いて、避難所になっているであろう場所へ行き、家族を探しました。しかし、母と息子の姿がどこにも見あたらず、半信半疑で、主人と瓦礫の中を捜し、もう息はしていないしっかりと息子を抱いた母の姿を見つけ出しました。あれから、もう5年が過ぎました。私は、4月1日から、仕事復帰をして、震災後2年ほど仕事をしました。が、この間の記憶は、ほとんどありません。

 

退職した理由は、どうしても、もう一人子どもを授かりたくて、不妊治療をしていたからです。震災後しばらく生理がとまり、自然妊娠は難しいと診断され、体外受精には、何回も通院しなければいけないため、職場に迷惑がかかると考えたからです。退職願いを出した頃、三回目の胚移植をした時でした。陽性判定が出て、職場の皆さんは、泣いて喜んでくれました。

 

本当に、私が辛い時でも、いつもと変わり接してくれた職場の皆さんには、感謝しかありません。退職後、無事に出産し、その子は、もうすぐ3歳になります。


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