保育士は将来の子供のために続けるためにある理由

保育士は将来の子供のために続けるためにある理由

子どもを未来を守るために

 

私は保育士として10年以上働いている。諸事情により一度は辞めて、整骨院の受付をしたこともあったが、「保育士でありたい」と思い、再び保育士に戻った。

 

では、なぜそう思ったのか。

 

私は、短大を卒業してすぐ、運良く正社員で保育園で働き始めた。当時は、子育てを祖父母や地域で支え合っている様子がみられた。また、今のように苦情を言う親はもちろんいたが、親として子どもに対するしつけや愛情はこきちんとされ、保育園に対する苦情も当然のことばかりであった。

 

しかし現代は、心が親に成りきれていない名ばかりの親が多くなり、保育園を託児所のように自分の都合で自由に利用できるものだと勘違いしていたり、子どもがどういう状態であろうが親の都合に合わせて子どもを預けたり、うるさければテレビやゲームで黙らせたり、面倒くさくて風呂に入れなかったり、どうせ食べないからと食事は同じものばかりを与えたり、親はお洒落をしても子どもには買い与えなかったり、保育士が子どもの様子を伝えても全て悪く受け止めて一方的に怒鳴ってきたり…と、残念ながら身勝手な親の中で子どもたちは成長している。

 

その親の子どもたちと接するとよくわかるが、子どもはよくわかっている。保育士には切ない表情をみせてくれる。とても我慢しているのである。

 

文章ではこのひどく残念な状況を十分に伝えることはできないが、子どもたちは今、とても危機的状況の中で生きているのだ。

 

このまま育つ子どもたちが、将来どうなるだろうか。

 

それはもう目に見えている。

 

親にされたことは一生忘れないのが子どもである。ということは、自分の親がしたように将来自分の子どもを育てたり、いろんなことに対する考えが浅はかだったり、そんな親になる可能性が高い。そうなるとどうだろう。「自分は自分の親のようにはならない」と考えれば考えるほど、気付かないで同じことをしてしまう。

 

このままでは、今の子どもたちは心が愛に満たされることなく育つという、心の貧しい人になってしまう。

 

だから私は保育士という立場で子どもたちを少しでも守れる立場であり続けたい。

 

保育士として、親にどう思われようが、子どもの姿を知り、子どものことをわかってもらいたい。保育士として、子どもたちの心が少しでも豊かになるような保育をしたい。

 

子どもの将来を守りたい。子どものうちから日本の素敵な文化に触れ、今いる場所を好きになってほしい、恵まれた環境にあることを感じて欲しい。

 

だから私は保育士でありたい。

 

これからも、子どもの命を守るために。。。


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